2006年2月20日より「アメリカ旅行」

 一人旅のトピックを挙げたので、今回は昔のブログから、一人旅のエピソードを挙げたいと思います。

 2006年というと、当時大学4年生。色々な先輩に言われた「学生のウチは目いっぱい遊んでおけ」という言葉を忠実に守り、とにかく社会人を目前にして、やりたい事を片っ端からやっていた時。

 特に卒業式目前はそれがかなり顕著で、この1週間前に友達と1週間インド旅行して、帰国後すぐに2週間程度のアメリカ西海岸一人旅。

 厳密に言うと、この時行ったのがロサンゼルス・ラスベガス・サンフランシスコの3都市なんだけど、サンフランシスコには親戚がいたので、後半の1週間は1人旅じゃないけど。ロサンゼルスとラスベガスは完全な一人旅で、ロサンゼルスの最初の数泊以外はホテルも決めずに行ったんよね。

 当時はグーグルマップもないから、地球の歩き方を片手に完全に冒険気分。ツアーでもない完全な一人旅は大学1年生の時にイタリア1週間行った以来。当時は海外一人旅が自分のステータスを上げると完全に思い込んでいたから、ワクワクとドキドキでいっぱいだったように記憶している。

ちょっと長文で文章も拙いですが、お時間あれば読んでみて下さい。

2006年2月20日(月)

いよいよアメリカ一人旅が始まる。

11時過ぎに家を出て、電車で成田空港を目指すが、山手線が遅れてて、余裕をもって空港に着くつもりが、予定よりも30分近く遅れてしまった。しかも飛行機も気持ち早くなっていて少し焦った。雑誌とタバコ、あと買い忘れていた洗顔とワックスを買い込み、搭乗。抜き打ちの荷物検査に引っかかる。携帯や時計が反応した他、なぜかカーディガンのボタンが鳴り、アメリカへの入国がちょっと不安。

機内は久々のど真ん中で左はグアテマラ人、右は親子でちょっと残念。しかもインドからの影響か、ここ数日お腹を下していて体調は最悪で、今まで余裕と思ってたけど、すごく不安になってくる。食事もチキンナゲットのようなものが出てきたが、あまり手がつかない。しばらく眠ることに。右隣の子供がもたれてきて、ちょっと邪魔くさい。

途中、右にいたお父さんと話す。この親子、お父さんが日本語、子供が英語で話していたのでちょっと変だとは思っていたけど、どうやらロサンゼルスに住んでいるらしかった。少し相談とかしてたら、ちょっと気持ちが楽になった。また、しばらくしてオムレツやギトギトのソーセージなどのアメリカ的な軽食。だが、これもあまり食べれず。

到着後、入国審査。前々から厳しいと聞いていたので、かなり心配だった。第一関門。目的や期間、そしてなぜ一人なのか、親はそれを応援してるか、お小遣いはもらったかなど、所々の質問が訳分からなかった。そして、兼ねてから言われていた指紋と写真を撮り終了。

税関も紙を渡すだけであっさり通れ、無事入国を果たす。早速ターミナルを出て、無料のシャトルバスに乗り、最寄りの電車の駅へ。日本人の女の子のバックパッカー二人組がいたので話しかけてみる。この子たちはグレイハウンドというバスでシアトルに行き、そこからカナダに入り、サンフランシスコ、ラスベガスと行くらしい。

電車は2回乗り換え、ホテルの最寄り駅であるシヴィック・センターへ。電車を降りると、おじさんが案内してくれるというので、少し疑いながらも、少し距離をとってついて行く。さりげなくおじさんの荷物チェック。特に問題なし。おじさんは会社に行くらしく、そして自分の泊まるホテルはその会社の横にあった。おじさんに感謝!

時刻はまだ12時だったが、チェックイン出来るというので、部屋へ。日本で予約出来る1番安いホテルだったので、もちろんいいはずもないが、必要最低限のものは揃っていて、特に問題もなかった。冷蔵庫もあるし、よくアメリカ映画のホラー映画に出てくるガラス張りのシャワー室。ベッドはキングサイズだった。

部屋についた途端、安心したのか、疲れが全部出たのか、すごい眠くなってきて少しのつもりで眠りにつく。

・・・・・・・しばらくして起きると、外は真っ暗になっていた。時刻は19時を過ぎていた。大失態!!貴重な1日を情報収集をする事もなく使い終えてしまった。今回の旅行は全く無計画なので、とりあえず明日どこに行くか、ガイドブックを見ながら考える。サンタモニカ~ヴェニスビーチ、そしてハリウッドに行って、グリフィス・パークに行こうと思った。

明日は朝一から行動しようと思う。

2月21日(火)

昨日、昼間からあれだけ寝てしまったので、昨晩はあまり眠ることは出来ず、ガイドブックでまだ見ぬアメリカを妄想する。

6時くらいには準備を済ませ、日が出るのを待って出発しようと思った。7時前には出発。ロビーには日本人がいっぱいいた。どうやらこのホテルは色々な旅行会社のツアーの宿泊先になっているようだった。最も、自分もHISから予約していたので、納得できる。

とりあえず、ものすごくお腹が空いていた。そういえば、昨日機内の軽食にちょっと手をつけて以来、何も食べていなかった。

ホテルを出てみると、隣のお店が空いていたので、早速入ってみる。7時オープンなのかイスの半分以上はまだ机の上にあがっていた。客もコーヒーを飲んでる老紳士一人。

入ったものの、頼み方がよくわからず、壁に貼ってあるサンドイッチとサラダ、店頭に並んでいるフレッシュオレンジジュースにバナナを1本、全部指を指して頼んだ。

値段を確認しなかった自分が悪いが、なんと15ドルもした。サンドイッチ5,75、サラダ5,75、オレンジ2,5、バナナ0,75にアメリカの税金8%が加わる。ビックリしたが、ものすごくお腹が空いていたので渋々払う。

サンドイッチもサラダも出来合いではなく、オーダーしてから作る。バナナを食べながら待っていると料理が完成。自分が頼んだのはクロワッサンにハムやチーズなどを挟んだサンドイッチと、レタスなどにささみや梨を入れ、よくわからない緑色のドレッシングをかけたサラダだった。どちらもすごいボリュームで、いくら腹が減っているとはいえ、朝から全部平らげるのはきつそうだった。結局、サンドイッチの半分は袋に入れてもらう。

空腹も満たされ出発。最寄りの地下鉄の駅からサンタモニカ行きのバスが出る駅まで向かう。駅で1日パスの切符を買おうと札を入れるが入らない。よく見ると、「NO BILLS ACCEPTED」と書いてあった。困った。小銭の持ち合わせもなかったので、仕方なく切符を買おうとしていた黒人の方に頼み1ドル札をくずしてもらった。

さすがに1日パス分の3ドルの小銭はなかったので、片道1ドル25セントの切符を買う。

車内でガイドブックを見ていると、後ろから「大丈夫?」と声をかけてくれた人がいた。相当自分が困っているように見えたんだろう。20代後半くらいの女の人だった。サンタモニカに行きたい事を言うと、「じゃあ、私もサンタモニカ行くから」とバスまで案内してくれた。この辺のバスと地下鉄は同じ系列なので、デイパスを持っていればどちらも乗り放題らしい。なのでバスでパスを購入。

この人はロスに5年くらい住んでいて、3歳と1歳の子供もいるらしい。もちろん相手はこちらの人。サンタモニカでサプリメントを作る仕事をしているのだそうだ。旦那と子供を写メで見せてもらったが、旦那はサントスみたいな濃いい顔で、子供は上の子が外国の子って感じで、下の子は日本の子って感じ。どちらもすごく可愛かった。

バスが30分くらい走った所でその人と別れ、自分は終点まで乗る。出が早かったので、サンタモニカに着いたのも9時前だった。さすがにまだ人も少ない。

バス停の終点はパシフィック・パークという小さな海沿いの遊園地の近くだった。とは言え、この時間にまだ空いてるはずもなかった。まぁ、開いてても、一人で遊園地に行く気はないが・・。

早速、海沿いまで下りていくと、自転車やジョギング用に道が出来ていたので、自分もずっと歩いていくことにする。

天気もよく、風も吹いていて、歩くのはすごい気持ちがよかった。途中、自転車のレンタルをやっていて、少し迷ったが、時間もあるし、このまま歩いて、ヴェニス・ビーチ、更にはマリナ・デル・レイと呼ばれる所まで行ってやろうと思った。

しばらく歩いていると、マッスル・ビーチという看板が目に入る。何かそこだけ軽いアスレチック・ジムみたいになっていて、筋肉に覆われたゴツイ身体をした方たちが、筋トレに励んでいた。ちょっと怖いので早歩きで通過する。

この道を4,50分ほど歩くと、左側に店が見え始めた。おそらく、ここからがヴェニス・ビーチと呼ばれる辺りだろう。ガイドブック曰く、ここには若い人たちで賑わうと書いてあったが、それ程人の姿もなく、まだ早かったので、店もそれ程開いておらず、すごい閑散としていた。

通りの初めがイスラエル何とかって、怪しいホラーチックの絵が書かれている店だったし、浮浪者っぽい人が結構いて、少しイヤな感じがした。

それでも、ここを超えればマリナ・デル・レイに行けると思い、ひたすら歩き続けるが、一向に見えず、段々人も少なくなってきてので諦めて戻る事にする。ただ同じ道がイヤで、海岸沿いから一本離れた通りを真っ直ぐ戻る。

あわよくば、バスに乗ろうと思っての考えだったが、どのバスに乗ってよいのかさえわからず、ある程度いった所で海岸沿いの道へ戻る。

スタートだったパシフィック・パークの観覧車が遥か遠くに見える。もう1時間半くらい歩き続けていた。少し歩いた所で売店があったので、スプライトを買って休む。スモールを買ったのに、その容器の大きさは中ジョッキくらいだった。

股関節がひどく痛かった。風が強く、テーブルにささっていたパラソルがテーブルを激しく揺らしていた。

少し休み、また元来た道を戻る。ようやく戻った所にホット・ドッグと書いたスタンドが目に入り、ホット・ドッグを頼む。が、どう見てもきたのはアメリカン・ドッグだった。店員が間違えたのかとも思ったが、周りの人も皆これを食べていたので、どうやらこれがホットドッグらしい。しかもアメリカン・ドッグよりも生地がホットケーキみたいに甘く、ケチャップとマスタードとの相性は最悪だった。

バス停まで戻り、ハリウッドに向かう事にする。このバスでは行けない事は知っていたが、どこで乗り換えればよいのかはわからず、運転手に聞いたが、そのバス停がどの辺なのかがわからない。同じようにビヴァリーヒルズ近辺の場所を聞いていた女の子が「ここだよ」と言われていたので、自分も運転手さんに言ってもらえると思っていたが、一向に言ってはくれず、気が付くと、そのバスに1時間近く乗っていた。とりあえず、いくら頭の弱い自分ですら、目的の駅がとっくに過ぎている事だけはわかった。

とりあえず降りたもののここがどこかわからなかった。大雑把なガイドブックの地図を頼りに最寄りの地下鉄の駅を探す。

サンタモニカの時も思ったが、今回の旅行の大失敗はその都市ごとのガイドブックを持ってこなかった事だった。持ってるのはアメリカ西海岸のガイドブックで、当然、細かい地図や行き方なども載ってるはずもなかった。

少し歩いて、ようやく地下鉄の駅を発見。そこからハリウッドへ向かう。

10分程度の距離で、駅の近くにはチャイニーズ・シアターがあった。スーパーマンやプリンセス・フィオーナ、見てないからわからないけど、スターウォーズの何かのコスプレをしてる人がいた。とりあえず知ってる人の手形を探した。トム・ハンクスとブルース・ウィルスを発見、記念撮影。それから土産物屋を見て、戻る。

本当はそれからグリフィス・パークにも行きたかったが、あれだけ余裕のあった時間も気付けば15時を過ぎていて、リトル東京のHISで情報収集もしたかったので、諦める。帰りにホテルの近くにある市場みたいな所へ行く。リンゴとバナナを買う。一度、部屋で小休憩をし、リトル東京行きのバスに乗る。前にも一度来た事があったが、間違いなく言える事は日本のものが売っているだけで、日本に来た事がない他国の人がこれを東京と勘違いしていったらすごくイヤだった。本当にイヤだった。

HISには、明日予定しているサンディエゴについての情報や明後日予定しているラスベガスについての情報を得ようと思って行ったのだが、全くと言っていい程役に立たなかった。時刻表もなければ、地図もない。サンディエゴについてはわからない、ラスベガスへのバスの予約については「ウチでも予約出来るけど、手数料取られるから直接行った方がいい。ただチケットが取れるかはわからないけど・・。」とか言われ、あげくの果てには地図は交番でもらってと言われたから、もうどうしようもないと思った。日本のHISにお世話になっている自分としては、このHISの現状はすごくショックだった。接客をする気もなければ、親切をするつもりもない、軽く腹がたった。

返りもバスに乗るが、またどこで降りればいいのかわからない。気付けばまた中心地へ。仕方なく運転手に聞き、ここだと言われて降りたが、またどこかわからない。近くである事はわかったので、とりあえず歩いてみると、元来た通りを発見し、一安心。

閉店間際のさっきの市場へ行き、チキンが二つ入った弁当を2ドルで購入。ビールとジュースも買い、部屋へ戻る。ビールを半分も飲まないウチに眠たくなってきた。今日は相当歩いて、相当疲れた。結局、予定の半分くらいしか出来なかったけど。明日はサンディエゴへ向かう。

2月22日(水)

6時前に目が覚め、のんびりと出発の準備。7時過ぎには出発し、地下鉄で隣のユニオン・ステーションへ。そこでサンディエゴ行のチケットを買う。駅に着いたのは7時半過ぎで、出発まで1時間くらいあった。駅で本を読みながら待つ。

8時半に出発。車内は日本でいうロマンスカーみたいな感じだが、自由席でとても空いていた。

こういうのんびりした列車の旅もいい。思わず、「世界の車窓から」のモノマネをしたくなる。”世界の車窓から”、今日はアムトラック鉄道で一路ロサンゼルスからサンディエゴに向かう。エンゼルス・スタジアムを越え、しばらく海岸線をひた走る。私たちは改めてアメリカの広大さに気付かされる。・・・・みたいなね。

電車は走る事3時間。サンディエゴ中心地のサンタフェ駅に到着。そこから、まずトロリーに乗り、メキシコ国境の街ティファナを目指す。45分程で到着。

どう行けばいいのかわからなかったが、人の流れとメキシコの看板を頼りに、立体駐車場みたいな所を上がって下りてする。すると目の前に遊園地に入場する時のような回転式のゲート。パスポートチェックをするような人はいなかった。

チェックがあると聞いていたのに、ないので逆に不安になった。周りに日本人らしき人もいなかったし、不法入国とか言われたらどうしようとか思ったりもしたが、とりあえず戻るのもアホらしいのでゲートをくぐる。

右手にメキシコという文字が見える以外、何も感動もなければ実感もない。あるのは不安だけ。思わず、警備員みたいな人に帰りの道を聞き、横目でメキシコの店や人を見ながら、行ったという証拠だけ写真に収め、戻る。

帰りの方が大変だった。パスポートチェックに荷物検査。何か言われないかと心配だったが、問題なく無事アメリカに入国。滞在時間わずか5分のメキシコ旅行だった。

おかげでサンディエゴの行きたいところには行けそうだった。シーポート・ビレッジとロマ岬。まずはサンタフェ駅からトロリーで一駅のシーポート・ビレッジへ。

ここには色々な思い出があった。お姉ちゃんに誘われて乗った三輪車ドライブで軽くボッタくられた事、当時流行っていたマトリックスのモノマネをして写真を撮った事、変なおもちゃ屋で目が飛び出るメガネを買った事・・・。

当たり前だが修学旅行に行った頃と変わっていなかった。唯一違ったのは、あの時の三輪車には男の人が乗っていた。自分がマトリックスをしたであろう場所の写真を撮り、レストランでコーヒーを飲んだ後、例のおもちゃ屋を探してみる事に。・・・あった!

中も前と変わってなく、くだらないパーティーグッズがいっぱい並んでいた。そして、前の場所と同じ所にあの時のメガネも残っていた。

あんなのわざわざなくなって入荷してるとは考えにくい。という事はあれを買った6年前から全く売れていないのだろうか?すごい嬉しくなって1個買う事にした。帰って高校の友達に見せるのが楽しみだ。

次にロマ岬行のバスが走る駅へトロリーで向かう。気付けば既に16時近くなっていた。ロサンゼルス行の電車は17時50分と20時40分しかなく、到着時間から考えても17時50分のに乗らなければいけなかった。

バスは一向に来る気配もなく、16時を過ぎてしまった。ロマ岬まで片道15分として30分。トロリーでサンタフェ駅まで10分。見る時間も合わせて1時間近くはかかる。

諦めるかタクシーに乗るか迷った。タクシーの場合往復で40ドルはかかるだろう。下手すればもっとかかるかもしれないし、安全性の保証もなかった。多分シーポートでの感動がなければ、諦めて戻っていたと思う。でも、どうしても行きたかった。ロマ岬も修学旅行の思い出の場所の一つだった。

結局、タクシーに乗った。15分以上もかかり、片道で25ドルを超えていて、入場料の3ドルもとられた。

でも来た甲斐もあった。景色はすごくきれいで、カプリヨと呼ばれる像もまだ立っていた。

6年前もこの景色には感動した。自分でシャッターを押し友達と写真を撮ったが、背景が全然写っていなかった事、友達が別のクラスの女の子に一緒に写真を撮って下さいと言われていたのを横目で羨ましそうに見てた事・・・。思わず笑いが込み上げてくる。

過去を振り返るのは、後ろ向きな気がしてあまり好きじゃなかったけど、こうやって振り返るのも悪くないと思った。

帰りは道も混んでいて、タクシーじゃなきゃホントまずかったと思う。50ドルもかかったが後悔はしなかった。電車にも間に合った。少し早く着いたので、売店でホット・ドッグを食べながら電車を待つ。今度は正真正銘のホット・ドッグだった。

外でタバコを吸っていると、一人の青年が寄ってきて、「帰りたいけどお金ない。1ドルでも2ドルでもいいからくれ」と近づいてきた。いつもなら絶対あげないけど、何か気分も良かったし、ここでいい事しとくとラスベガスで返ってくるような気がして、奮発して3ドルもあげてしまった。明日のラスベガスで返ってくるといいけど・・。

帰りは暗くなっていて、さほど景色も見えなかった。けど眠れなかったので、ずっと物思いにふけながら窓の外を見ていた。

21時前にユニオン・ステーションに着き、地下鉄で最寄りの駅へ戻る。夜の地下鉄は危険とも聞いていたが、無事ホテルに帰り着く事が出来た。

今日も予定通りにはいかなかったが、旅にハプニングはつきものだし、それ以上に満足した一日だった。それとやっぱりビビッたら負けだと思った。明日以降はビビらずにやりたい事をやって行きたい。

明日はラスベガスへ向かう。

2月23日(木)

5時過ぎには起床。旅行に行くと毎回そうだが、なぜか早く目が覚める。

出発の準備をし、7時前には部屋を出て、フロントでチェックアウトし、バスターミナルの場所もわからないし、周辺の治安が良くないという話にビビッて、タクシーを呼んでもらう。

が、15分以上経っても来ないので、もう1度、別の人に頼んだら5分ほどで到着。

ターミナルはホテルから車で10分ほどの所だった。早速チケットカウンターに行き、ラスベガスに行きたい事を告げるが、何故か取り合ってくれない。仕方なく、周辺をウロウロしてみる。自分の想像ではバスを使う人は若いバックパッカーくらいかと思ってたけど、家族とか高齢者の人も結構いた。もちろんバス待ちではなさそうな、荷物を何も持たずに、ウロウロしている若者も結構いた。

もう1度チケットカウンターに行くと、今度は取り合ってくれた。パスポートを見せ、43ドルでラスベガス行きのッチケットを購入。荷物を預けるか聞かれたが、手元にあった方が安心なので預けないことにする。

ゲート前の待合室で待っていると、一人の若者が寄ってきて「ご飯食べれないから、少しでもいいから金をくれ」と言われた。ここでまたあげると、今後も埒があかないとも思ったが、2,30セントの小銭だけをあげた。すると、更に一人また寄ってきたので、「もうない」と言って断った。

出発予定時間の8時になってもゲートは開かず、15分ほど遅れてバス到着。荷物検査を終え、乗ろうと思ったら、運転手に「その荷物は大きすぎるから、荷台に入れろ」と言われた。通常、荷物は別のカウンターでシールを張り、引換証をもらってから入れる。ただ、運転手の口ぶり的に、そこまでバスは待ってくれなそうだった。

係員は何言ってるかはよく分からなかったけど、「このバスに乗りたい」って事だけ連呼してたら、とりあえず荷物を荷台に入れてくれた。当然引換証も何もない。少し心配ながらも、とりあえずバスに乗れた。

バスは満員だった。すぐに眠くなって寝る。1時間程寝て、起きると両サイドは一面広大な大地が広がっていた。その奥には山が見え、改めてアメリカの広大さを実感する。

3時間ほど走った所で、30分休憩。お腹が空いていたので、マックでご飯を食べる。この度初のマックだったが、カップが異様にデカイのと、サイドにケチャップマシーンが付いている事以外、感動的な違いはなかった。

休憩後も広大な道をひた走る。この一面何もない景色から、ラスベガスのネオンに包まれた風景に変わるのか、すごい楽しみだったが、しばらくすると、少しずつラスベガスを思わせる看板やカジノが見え始める。そして、ハイウェイを降りると、あっという間にネオンや高層ビルに囲まれた街に到着。

大雑把な地図で位置を確認する。中心地まではおよそ3,4キロ。バスに乗ってもよかったが、歩いた方がホテルも探せるし、またわからずに乗って、なおさらわからなくなってもイヤだったので、気合で歩いていく事にする。

部屋はどんなのでも良かったが、セキュリティもしっかりしていて、出来るだけ中心地に近い方が良かった。もちろん安いに越した事はない。

中心であるラスベガスブルーバードを南に向かって歩いていく。そして30分ほど歩いただろうか。さすがに疲れてきた。まだ中心までは2,3キロある。頼りないガイドブックでホテルを探す。すると、ずっと前に見えていた高いタワーがあるストラスフィアー・ホテルが29ドルと書いてあった。この豪華さでまさかそんな事はないと思ったが、もう疲れたし、ダメ元で聞いてみようと思った。

フロントで聞くと、3泊の場合450ドルかかるとの事だった。さすがに無理だと思ったが、今日だけだったら81ドルと言われた。日本で事前に調べた時もそうだったが、週末になると、どこに行っても宿泊費は倍以上になる。逆を言えば、贅沢出来るのも今日だけだと思った。ここに泊まる事にした。

ホテルの下はカジノになっていて、とても広く、隣接しているタワーの頂上には展望台と世界一高いフリーフォールがあるらしい。部屋は何故かツインでだだっ広かった。

早速荷物を置いて、カジノに行く。スロットやポーカーなど、日本のゲームセンターにもありそうなものと、生の人間がやっているルーレットやブラックジャックなどがあった。やはりディーラーがいる方には大量のチップが飛び交っていた。スロットやポーカーは1ドルからのものもあれば、1セントからのものもあった。ただスロットは1セントだと1つのラインでしか当たりが成立せず、当然確率も低くなる。

とりあえずポーカーをやってみた。お金は直接その機械に入れる。1回25セントだった。それなりに当たり11ドルになった。こりゃ、いけるんじゃないかと思い、引き続きどんどんやった。・・・気付いたら20ドルなくなっていた。

夕方になっていたので、中心地にあるストリップまで歩いていこうと思ったが、途中まで行った所で引き返し、せっかくだから展望台に行こうと思った。フリーフォールは迷ったが、男一人で行くのも何か寂しかった。展望台はホテル宿泊者は9ドル→6ドルで入れるらしい。ここでも荷物検査をし、エレベーターで頂上に行く。

今まで色々な場所の景色を見てきたが、間違いなく一番だった。360度広がる夜景はキレイの一言では言い表せなかった。ラスベガス一体のネオンなどの光を照らし、思わず「ワーオ~!」と叫んでしまった。なぜ、そこが英語になったのかはわからなかったけど、本当にスゴかった。強いてわがままを言うなら、この展望台内には土産物屋などが入っていて、明るいのがすごいもったいなかった。でも、それを差し引いてもこの夜景はすごかった。今度来る時は好きな人と一緒に来たいと思った。本当にすごかった。

展望台を下り、再びカジノへ。ところどころで当たりが出て、さっきの20ドルを取り返した。こりゃ、いけるんじゃないかと思い、台を変えながら、やりまくった。・・・気付くと60ドルなくなっていた。

カジノに大きな夢を見ていたので、すごく悔しい。あと2日あるし、夢を現実にしたい。

2月24日(金)

6時頃目覚める。昨日の事が忘れられず、着替えてカジノへ。あっさりと40ドルくらいなくなってしまい、わざわざ部屋に銀行のカードを取りに行ってまで、お金を下ろし、カジノをやり続ける。

お金が減っていけばいくほど、元のお金を取り返さなきゃっていう気持ちになってしまう。あの時の自分は一種のドラック中毒みたいなものだったと思う。気付けば、取り返しのつかない程のお金を使い込んでいた。

ふと我に返った時、すごく怖くなった。自分はリスクをまったく考えずに、ただボタンを押していた。以前からギャンブルは嫌いじゃなかった。結果がよくなくても恐怖を感じたことはなかった。それはいつもある程度の段階で見切りをつけられてきたからだと思う。それが今回は違ったので本当に怖くなった。

部屋に戻っても、何もする気にならなかった。比較的行動力はある方だと思っていたけど、この時ばかりは何もする気になれなかった。それでも11時にはここを出なければいけない。時刻はまだ7時を過ぎたばかりだった。

とりあえず、10時くらいまでは放心状態だった。それから何とか準備を済まし、チェックアウト。当てもないまま南に向かって歩いて行く。やはり、中心の通りなので、ガイドブックのトップクラスに載っているホテルたちが両サイドにそびえていた。ストラスフィアーから1キロ以上歩いたデカイホテルたちの脇に、申し訳なさそうに建っている、小さめのホテルを発見。早速、中に入って値段を聞いてみる。

安くはないけど、他と比べれば全然良かったし、何よりこのホテルはカジノがついてない所に感動して、泊まることにする。お金はもうなかったので秘密兵器でもあり、この旅で絶対に使うまいと思っていたカード投入。

部屋はキングベッドで、昨日のホテルに劣るとはいえ、かなり上等なものだった。少し休んでから、南に向かって歩き出す。

どれもこれも特徴のあるホテルばかりだった。ヴェネツィア気取りのホテルやエッフェル塔があるホテル、海賊船や火山・・・、どのホテルも何かをイメージして作っているらしい。でも中心はカジノ。どのホテルもカジノ、カジノ、カジノ・・・。

夕方になってきたので、無料のショーめぐりをしようと思った。この周辺のホテルの多くは夜になると、60分~90分に一回の割合で何らかの催しをするホテルが多い。

まずはベラッジオというイタリアのコモ湖のリゾートホテルを再現したホテル。多分コモ湖を意識したその湖から曲に合わせて噴水が踊りだす。それは金色に輝いていて、すごく綺麗だった。

次にミラージュというホテルの正面にある噴水。そこに作ってある山から煙があふれ出し、爆発。ユニバーサルスタジオのバックドラフトもビックリなくらいの火の勢いで、驚きと同時に何でこんなのが無料で何回も出来るんだろうっていう経済的な問題さえ考えてしまう。

次に行ったのがトレジャー・アイランドのバッカニア湾海賊ショー。ホテルの正面にあるバッカニア湾を意識した場所に海賊船が二つ。その間で戦いが繰り広げられる。片方は女の人ばかりが乗ってる船で、どの女の子も倖田來未もビックリするような衣装を着ていた。戦艦同士の打ち合いあり、ダンスあり、ミュージカル風な所もありで15分程度のショーだったけどものすごい満足のいく物だった。なおさら、経済的な事を考えてしまったけど・・・。

ラスベガスは昼間はすごく暑いけど、夜になるとめっきり寒くなる。自分も薄着だったので、メチャメチャ寒く、今日はこれで戻る事にする。お金を使わない楽しみが見つかって本当に良かった。明日もショーめぐりをしようと思った。

2月25日(土)

正直、この日については何も書くことがない。し書きたくもない一日だった。

いつも通り朝6時頃起床。起きたものの何もする事がなく、ちょっと散歩にでも行こうと思った。

ラスベガスブルーバードを真っ直ぐ歩いていると、やっぱり見えるのはカジノ。どこを見てもカジノ・カジノ・カジノ・・。

最初は耐えたけど、人間の意志はやらかいもんで結局入場。スロットやらポーカーやらやりまくる。

いきなり35ドルくらい当たった。こりゃいけるんじゃないか・・・・とはさすがに思わなかったが、まだ夜までは長いし、このお金で夜まで遊べればと思った。

そのお金で5,6時間遊ぶ事が出来た。儲けはなかったけど、すごい満足だった。

店を出て散歩の続きをしていても、まだ日が暮れるまでは2,3時間あった。カジノを出ても、視界に見えるのはカジノ・カジノ・カジノ・・・。

気付くと別の店に入っていた。さっきと同じようにスロットやポーカーなどをやり続ける。気付くと50ドルなくなっていた。

夜の街ラスベガスにいて、これからが楽しい時間なのに、ものすごく体調が悪くなった。多分精神的なものの方が大きかったと思うが、肉体的疲労もあったと思う。ここ数日で少なくともフルマラソンくらいは歩いていると思う。身体がすごく重かった。

結局一度部屋に戻り、少し休むことに。ところが一度横になったら、今まで我慢してたダルさが全部出てしまって全く動けなくなった。・・・そのまま部屋で過ごす。

明日はラスベガスを離れる。カジノに時間も元気もお金も全て奪われてしまった。ホントに自分が恥ずかしいし、情けない。しかも、ラスベガスは一人でくる街ではないと思った。今度来る時は、もっと経済的にも余裕を持って、誰かと一緒に来たいと思った。

2月26日(日)

5時起床。昨日の失態を取り返そうと7時前に散歩を始める。ラスベガスブルーバードを南にずっと歩いていく。

一昨日は途中で引き返してきたけど、今日はホテルが続く所まで歩いて行ってみた。自由の女神やピラミッドなどもあり、ここは本当に万国博覧会かと思う。しかもこの通りはまだ建設中の建物もいっぱいあって、次に出来るのは、タージマハルかサクラダ・ファミリアか、それとも金閣寺かわからないけど、こんなに統一感がなくていいのかと思う。何かうまく言えないけど、無国籍料理の店と言って麻婆豆腐からチーズフォンデュまで出すような、洋と和の融合を気取って畳の部屋にシャンデリアを置くような、そんな居心地の悪さもあった。いくらそれぞれが豪華でも統一性がなければすごくバカらしく見えてくる。

ホテルが続くところまで歩いていたら片道で50分かかった。帰りにマックで朝食を取り、スターバックスでコーヒーを買って飲む。一度やってみたかった。スタバのコーヒー片手に音楽を聴きながら、アメリカの街を歩く。ちょっと何か格好いい気がした。ただの自己満足だけど(笑)。

7時前に出てホテルに戻ってきたのは8時40分頃だった。ほとんど出発する準備は出来ていたので、少し休んですぎ出発。

空港行きのバス乗り場がわからず右往左往。結局10分で着くバス停に30分かかってしまった。しかも、ガイドブックによるとバスは12分から30分おきらしい。今9時30分。飛行機の時間が11時10分。空港までおよそ20分。もう時間に余裕がなくなっていた。国内線とはいえ10時には空港に着きたい。

40分まで待って来なければ、タクシーで行くしかないと思った。しかし、40分になってもバスは来ず、諦めようかとしたその時、遠くにバスが見えた。間違いなく空港行きのバスだった。

それに乗り、空港に着いたのは10時ちょうどだった。早速チェックイン・カウンターを目指すが、想像以上の人にビックリした。ゲートにはすごい列が出来ていて、さすがに焦る。急いでユナイテッドのカウンターに行くが、カウンターはそれ程混んでいなかった。預ける荷物をあっちへ持ってけと言われたが、あっちがどっちがわからない。

何とか荷物を預け行列の出来たゲートに並ぶが、「あんたは9番に並べ」と言われて、また並び直し。さすがに間に合うのか心配になってきた。

身体検査や荷物検査は今までで一番大変だった。変な機械に乗せられ、くまなくチェックされ、荷物も一人一人丹念に行っていたのですごく時間がかかった。すべて終わった時には、40分を過ぎていた。搭乗ゲートまで電車に乗り、更に歩く。

ラスベガスは空港内・ゲート前にまでスロットがあった。もうかなりの金額を取られていたので、空港でまで金を取ろうとするこの魂胆にいい加減腹がたった。

ゲートに着いた時には搭乗手続きが始まっていた。国内線だけあって、小さい飛行機で2人と3人の列×20~25くらい=100人から125人くらい乗りだと思う。

自分は18のBで両サイドはおばあちゃんだった。すごい色々話しかけてきた。左は日本人だけど、ホノルルにずっと住んでいるので日本語はほとんど話せないらしい。両サイドとも同じツアーの人、どうやらこの席周辺60人くらいが同じツアーらしい。

一体なんでそんな60人もいるツアー客の間に1人入れるかがわからなかった。左も右も前も後も全部そのツアーの客だった。もう寝るしかない。

ジュースとお菓子を途中はさんで、1時間半程で到着。荷物も心配だったけど、すぐ出てきて外で親戚の迎えを待つ。

一人旅はこれにて終了

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